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認知症研修 [福祉]

昨年、10月の日記です。

職場から、認知症の研修に行ってきた。

そこで最後に紹介されたのが、この有名な詩。


重度の認知症のおばあさんが亡くなった後、部屋を片づけていたら、
クローゼットか何かからこの詩がかかれた紙が出てきたそうです。

  ~イギリス・ヨークシャー・アッシュルティ病院の老人病棟で起きた奇蹟~

  『目を開けて、もっと私を見て』

  何が見えるの 看護師さん あなたには何が見えるの
  あなたが私を見る時 こう思っているんでしょう

  気難しいおばあさん 利口じゃないし 日常生活もおぼつかなく
  目をうつろにさまよわせて
  食べものをボロボロこぼし 返事もしない
  あなたが大声で「お願いだからやってみて」といっても
  あなたのしていることに気づかないようで
  いつもいつも靴下や靴をなくしてばかりいる
  面白いのか 面白くないのか あなたの言うなりになっている
  長い一日を埋めるためにお風呂をつかったり 食事をしたり
  これがあなたが考えていること あなたが見ている事ではありませんか

  でも目を開けてごらんなさい
  看護婦さん あなたは私を見ていないのですよ

  私が誰なのかおしえてあげましょう 
  ここにじっと座っているこの私が 
  あなたの命ずるままに起き上がる この私が誰なのか

  私は10歳の子供でした。
  父がいて 母がいて 兄弟・姉妹がいて 皆お互い愛し合っていました
  16歳の少女は 足に羽をつけて 
  もうすぐ恋人に会えることを夢みていました
  20歳で もう花嫁 私の心は踊っていました
  守ると約束した誓いを胸に刻んで
  25歳で 私は子どもを産みました
  その子は 私に安全で幸福な家庭をもとめたの
  30歳 子どもはみるみる大きくなる
  永遠に続くはずの絆で母子は互いに結ばれて
  40歳 息子たちは成長し 行ってしまった
  でも夫は傍にいて 私が悲しまないように見守ってくれました
  50歳 もう一度赤ちゃんが膝の上で遊びました
  私の愛する夫と私は再び子どもに会ったのです

  暗い日々が訪れました 夫が死んだのです
  先のことを考え 不安で震えました
  息子達は皆自分の子どもを育てている最中でしたから・・・
  それで私は 過ごしてきた年月と愛のことを考えました

  いま私はおばあさんになりました
  自然の女神は残酷です
  老人をまるで馬鹿のように見せるのは 自然の女神の悪い冗談
  体はボロボロ 優美さも気力も失せ
  嘗てこころがあったところには 今では石ころがあるだけ
  でも この古ぼけた肉体の残骸にはまだ少女が住んでいて
  何度も何度も私の使い古しの心をふくらます
  私は 喜びを思い出し 苦しみを思い出す
  そして 人生をもう一度愛して生きなおす
  年月は あまりにも短すぎ 
  あまりににも速く過ぎてしまったと私は思うの
  そして なにものも永遠ではないという厳しい現実を受け入れるのです

  だから目を開けてよ 看護師さん・・・目を開けてください
  気難しいおばあさんではなく 「私」をもっと良く見て!

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業務をこなすのが介護ではない。

その人一人ひとりに寄り添うことが介護なんだということ。

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